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Monday, May 29, 2006

中村俊輔

 屈辱のメンバー落ちとなったワールドカップ日韓大会から4年。いよいよ、中村俊輔がワールドカップデビューを果たす。マラドーナにあこがれてきたレフティは、今では押しも押されもせぬ最重要キーマンとなった。
 「ワールドカップは、海外での4年で自分がどう変わったかを確認できる舞台だね」 セリエAのレッジーナで3年、スコットランドの名門セルティックで1年。中村は海外移籍を果たしてからの4年間で、明らかにパワーアップした。トップ下、サイドハーフ、ボランチとさまざまなポジションをこなしてきたことにより、持ち前の視野は広がった。フィジカルコンタクトの激しいリーグを戦場としてきたこともあり、接触プレーでの巧みさを増した。イタリアとスコットランドでの海外生活で、メンタル面でもタフになった。スコットランドリーグ移籍後、タックルの技術も向上している。セルティックでは、右足から正確なクロスを供給することもしばしばある。もちろん、左足の精度が高まったことは言うまでもない。
 中村が何より優れているのは、スポンジのような吸収力である。経験してきたものを昇華し、自分の引き出しを増やしていく。学習意欲が高く、常に向上しているのだ。 「ワールドカップはサッカー経験をたくさん積める場所。いい状態でワールドカップに出て、その後、4年後となるようにしたい」
 日本の対戦国も、中村を特に警戒している。当然だろう。彼の左足は、一瞬で状況を打開できるからだ。フリーキック、ラストパス、シュート。多彩なキックは、同時にジーコジャパン最大の武器でもある。 中村の左足で思い出されるのは、2005年コンフェデレーションズカップのブラジル戦。27分、左足で強烈なミドルシュートを突き刺したシーンだ。中村が持つ世界レベルの個人技は、セレソンをも黙らせる程の威力がある。 日本の背番号10は、まだまだレベルアップをもくろんでいる。そのためにも、ワールドカップでの活躍は不可欠だ。自慢の左足で日本に勝利をもたらしたとき、中村の未来は新たなステップへと切り開かれる。

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